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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)235号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)、同三(本件審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の本件審決の取消事由について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

本願発明は、電池用セパレータの製造方法に関するもので(本願発明の出願公告公報第一欄第一五行、第一六行)、従来公知の米国特許第三四二七二〇六号に記載された照射線源としてコバルト60を使用し、モノマー含有溶液に基材ポリエチレンフイルムを浸漬し、γ線照射を行う、いわゆる同時照射によるグラフト化の方法では、フイルム内部のグラフト共重合反応と同時に外部溶液又はフイルム内部の遊離したモノマーの重合反応が起こり、フイルム内部及び浴中でホモポリマーが生成するため均一なグラフト共重合を損ない、厚さのバラツキ、電気抵抗のバラツキを生じ、品質の安定したセパレータを得ることが困難であり、また、照射設備のある限られた空間、場所内でモノマーと接触せしめなければならず、極めて生産性が悪く、コスト高となる欠点がある(同公報第一欄第二二行ないし第二欄第一八行)。

本願発明は、前記欠点を除去することを技術的課題(目的)とし、特許請求の範囲第1項(本願発明の要旨)記載の構成(同公報第一欄第二行ないし第七行)を採用したものであり、その結果、照射操作とグラフト化反応操作を分離して行うことができ、照射終了後のフイルムを別の場所でグラフト反応液中に浸漬することにより、照射により活性化した部分のみでグラフト化反応が生じ、フイルム内部及び外部のホモポリマーの生成が少なく、極めて均一なグラフト共重合を容易に行うことができ、さらに、照射工程とグラフト化反応工程を分離することができるため、生産設備が安価となり、その工程を連続化することができる(第二欄第一九行ないし第三欄第八行)という作用効果を奏するものである。

2 引用例に本件審決の理由の要点2摘示の技術的事項が記載されていることは、当事者間に争いがない。

原告らは、引用例記載の発明において「透過膜の使用目的の一つとして電池用セパレータがあることも明らかである」とした本件審決の認定は誤りであり、本件審決は、右誤つた認定に基づいて本願発明と引用例記載の発明とは「電池用セパレータの製造方法」という点で一致すると誤つて認定した旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例には、「透過膜を用いて液体―液体、気体―気体、気体―液体、固体―液体混合物から必要とする成分を分離する技術は、共沸混合物の分離、電池の隔膜、廃水の浄化、海水からの純水の分離、食品の濃縮等に応用され、各種工業において重要なものとなつている。」(第一頁左下欄第一三行ないし一八行)と記載されていることが認められる。

そして、成立に争いのない乙第一号証(吉沢四郎監修「電池ハンドブツク」電気書院昭和五〇年四月一五日発行)によれば、右技術文献の各種アルカリ蓄電池の「セパレータ」の項にそれぞれ「現在一般にはナイロン、ポリプロピレン、ポリビニル、アルコールなどの微孔を有する合成樹脂の薄膜、また、これらの繊維を織つた布あるいは長繊維を無定方向に交錯させた、いわゆる不織布が使用され」(三―一〇一頁第一七行ないし第一九行)、「開放形燒結式電池と同様にナイロン、ポリプロピレン、ポリビニル、アルコールなどの合成樹脂の微孔を有する薄膜また、これらの合成繊維布あるいは不織布が使用されている」(三―一一一頁下から第一六行ないし第一四行)、「疎水性フイルムセパレータ ポリエチレンなどのように耐熱アルカリ性の高分子をフイルム状となし、これに細孔をほどこしたセパレータである。細孔の部分だけでイオン伝導が行われるので開孔率の大きいものが望ましい」(三―一五二頁下から第四行ないし第二行)と記載されていることが認められる。

引用例の前記記載事項に本件出願当時の右技術水準を参酌すれば、引用例記載の発明における細孔を有する透過膜は、電池用セパレータとして使用されることが明らかである。

この点について、原告らは、本件審決の取消事由一<1>ないし<4>記載の理由により引用例記載の透過膜は、電池用セパレータに用いられることを目的としたものでない旨主張する。

しかしながら、<1>の特許分類は、審査に当つて、文献の抽出等その調査範囲を決めるための基礎資料であつて、本願発明と引用例記載の発明とが類を異にするからといつて、引用例記載の透過膜が電池用セパレータとして使用できないとすることはできず、また、<2>ないし<4>は前記認定事実に照らし、引用例記載の透過膜が電池用セパレータとして使用できない根拠となるものではないから、原告らの主張は理由がない。

したがつて、引用例記載の発明において「透過膜の使用目的の一つとして電池用セパレータがあることも明らかである」とした本件審決の認定に誤りはなく、右認定に基づいて本願発明と引用例記載の発明とは「電池用セパレータの製造方法」という点で一致するとした本件審決の認定にも誤りはない。

3 次に、原告らは、本願発明で用いるフイルムは無孔性のものであり、本願発明は無孔性のフイルムを用いることを構成要件としているのに、本件審決は、この点において本願発明が引用例記載の発明と相違することを看過している旨主張する。

引用例記載の発明においては、細孔を有する高分子重合フイルムを用いることは、前記認定のとおりである。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、「合成樹脂よりなるフイルムに電子線を照射し(中略)グラフト重合を行うことを特徴とする電池用セパレータの製造方法」とのみ記載され、右の「合成樹脂よりなるフイルム」が細孔を有しない、無孔性のものであるとの限定は存しない。

なるほど、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、実施例1ないし4として、合成樹脂をインフレーシヨン法、Tダイ押出し法により成形したフイルムを原料とした電池用セパレータの製造方法が記載されていることが認められるが、これらの実施例において用いるフイルムが無孔性のものであるとの記載はなく、また、本願明細書のどこにも本願発明において用いる合成樹脂からなるフイルムは無孔性の細孔を有しないものに限定されるとの記載はなくその示唆も存しない。実施例は、その発明の実施態様の例を示したものであつて、仮に合成樹脂をインフレーシヨン法、Tダイ押出し法により成形したフイルムを用いるとの実施例の記載から、そのフイルムは無孔性のものといえるとしても、本願明細書の前記記載事項に照らすと、実施例の記載を理由に本願発明における「合成樹脂よりなるフイルム」を細孔を有しない、無孔性のフイルムを要旨とするものに特定することはできない。

この点について、原告らは、本件出願当時の技術水準ではセロハンが用いられていたが、耐久性に乏しい欠点があつたので、これに代わる無孔性のフイルムからなるセパレータが要望されていたから、本願発明では当然に無孔性のフイルムが用いられている旨主張するが、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、そのような記載も示唆も存しないことが認められ、また、本件出願当時の技術水準が原告主張のとおりであつたとしても、そのことから本願発明で用いるフイルムが無孔性のものに限定されないことは、前記認定事実から明らかである。

したがつて、本願発明で用いる合成樹脂のフイルムは無孔性のものに限定されず、細孔を有するものを含むものであり、本願発明は無孔性のフイルムを用いることのみを構成要件としているとすることはできないから、本件審決に原告ら主張の本願発明と引用例記載の発明と相違点を看過した誤りは存しない。

4 さらに、原告らは、本願発明と引用例記載の発明との本件審決認定の相違点<1>及び<2>について、引用例記載の発明が知られているからといつて、より良好に機能する電池用セパレータを得るために「生成ラジカルの失活が生じないようにすること、およびフイルム中へのモノマーの拡散を損なわないようにすること」を考慮し、反応温度を三〇~五〇度cに設定すること、また「ゲル状構造を呈しないようにすること、および電気抵抗を小さくすること」を考慮し、グラフト率を三〇~九〇%に設定することは、当業者といえども容易なことではなく、「単なる設計的事項の域を出ないもの」とはいえないから、本件審決の右相違点についての認定、判断は誤りである旨主張する。

原告らの右主張は、引用例記載の発明はフイルム表面をグラフト重合するものであり、フイルムが多孔性であつても表面積が大きいためラジカルの失活を考慮することなく、反応操作を行うことができるのに対し、本願発明はフイルム内部までグラフト化するものであり、フイルムが無孔性のフイルムであつて単量体との接触面積が小さく、フイルムを均一にグラフト化するためにはラジカルの失活を考慮した条件を見いださなければならないことを根拠とするものであるが、本願発明について無孔性のフイルムを用いた場合はそうであつても、本願発明で用いる合成樹脂のフイルムは無孔性のものに限定されず、細孔を有するものを含むものであり、本願発明において細孔を有するものを用いた場合引用例記載の発明におけるフイルムと原告ら主張の点に差異を認めることはできないから、原告らの主張はその根拠を欠くというほかない。

そして、本願発明において反応温度が三〇~五〇度cの範囲、グラフト率が三〇~九〇%の範囲でグラフト重合を行うことの技術的意義についてみると、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、まずグラフト重合を温度三〇~五〇度cの範囲で行う点については、発明の詳細な説明の項に、「照射フイルムをモノマー含有溶媒に浸漬する際、溶媒温度が高い程グラフト共重合反応の速度は早くなり、浴中の浸漬時間を短縮することができるが、生成ラジカルの失活が生じ、本発明では五〇度c以下が好ましい。又、フイルム中へのモノマーの拡散を損なわない温度としては三〇度c以上が好ましく、本発明では浴温度の範囲は三〇~五〇度cが適当であつた。」(前記出願公告公報第五欄第二行ないし第九行)と記載され、かつ、四〇度cでグラフト重合を行う実施例1~3と、五〇度cでグラフト重合を行う実施例4が記載されていることが認められ、また、グラフト率が三〇~九〇%の範囲でグラフト重合を行う点については、同じく発明の詳細な説明の項に、「グラフト率の増加により電気抵抗が小さくなり、セパレータの電気特性は良くなるが、グラフト率が一二〇%より大きくなるとセパレータはゲル状構造を呈しはじめ、取り扱いが困難となる。本発明において好ましいグラフト率は三〇~九〇%である。」(同公報第四欄第三〇行ないし第三五行)と記載され、かつ、実施例1として、グラフト率が五三%で電気抵抗が一〇〇mΩ・cm2のセパレ―タ、実施例2として、グラフト率が四八%で、四〇%KOH中二五度cでの電気抵抗が一一〇mΩ・cm2のセパレータ、実施例3として、グラフト率が七〇%で電気抵抗が七〇mΩ・cm2のセパレータ、実施例4として、グラフト率が三五%で電気抵抗の値が示されていないセパレータが記載されていることが認められる。

しかしながら、電池用セパレータという用途からみて、グラフト重合を行うに際し、生成ラジカルの失活が生じたり、フイルム中へのモノマーの拡散を損わない温度とする必要があること、電気抵抗を小さくするとともにゲル状構造を呈しないようなグラフト率を選定する必要があることは、技術上自明のことであつて、格別のことではなく、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には右記載のほか反応温度及びグラフト率の上限と下限を前記のように特定することの技術的意義を実験例や具体的数値をもつて示した記載は存しないことが認められる。

また、この点についての本件出願当時の技術水準をみると、成立に争いのない乙第三号証(田畑米穂ほか一名著「放射線加工」日刊工業新聞社昭和四四年五月一五日発行)によれば、右技術文献の「グラフト重合」の「9. 4. 1 機械的性質の改善」の項に、ポリエチレンに対し、前照射法により反応温度四〇度cで、スチレン、ブタジエンを単独又は混合して用いグラフト重合を行つた場合の反応時間とグラフト率との関係(図9. 11)、前照射法により反応温度を三〇度c、四〇度c、五〇度c、六〇度cにそれぞれ設定した場合とスチレン、ブタジエンの混合組成を変えた場合の関係(図9. 12)が図示されていることが認められる。また、成立に争いのない乙第四号証(昭和四五年特許出願公告第二五一〇七号公報)によれば、その実施例3に、低密度ポリエチレンに電子線照射した後、メタクリル酸メチルの溶液中に浸漬させ、加熱する方法でグラフト重合した場合におけるグラフト率が八〇%であると記載されていることが、成立に争いのない乙第五号証(昭和五一年特許出願公開第四二九三五号公報)によれば、その特許請求の範囲にポリエチレンフイルムをベースとしてアクリル酸又はメタアクリル酸をグラフト率四五~一〇〇%となるようにグラフト共重合してなるアルカリ二次電池用セパレータが記載され、かつ、発明の詳細な説明に、「グラフト率が四五%未満では電気抵抗が大きく、一〇〇%を越すとセパレータとしての厚みが増し電極間の距離が大きくなり電池内の内部抵抗が増大するうえ、格別の効果がなく好ましくない」(第二頁左下欄第一九行ないし右下欄第二行)と記載され、実施例1にグラフト率六三%、実施例2にグラフト率七三%、実施例3にグラフト率五八%のものが示されていることが認められる。

右認定事実によれば、合成樹脂よりなるフイルムを用いてグラフト重合を行う方法により電池用セパレータ等の薄膜を得る場合にグラフト重合における反応温度を三〇~五〇度c、グラフト率を三〇~九〇%程度とするのがよいことは、本件出願前当業者に知られており、この点に格別の技術的意義はなかつたことが明らかである。

そうであれば、前記グラフト重合に際し、反応温度及びグラフト率を右のように設定してみることは、当業者であれば、その設計に当つて当然考慮する設計的事項というべきである。

この点について、原告らは、乙第三号証の前記記載事項は本願発明のアクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸を用いた場合についてではなく、かつこの温度条件に関する技術的事項が前照射法によるものであるとの記載はなく、乙第四号証のグラフト率を八〇%とした実施例3において用いるモノマーは、メタクリル酸メチルであつて、本願発明で用いるモノマーとは異なり、また、乙第五号証に示されているのは、同時照射法によるグラフト重合であつて、乙第四号証及び第五号証を関連づけて電池用セパレータを製造するために前照射法でグラフト重合を行いグラフト率を三〇~九〇%に設定することが示されているとはいえない旨主張する。

しかしながら、乙第三号証ないし第五号証は、いずれも合成樹脂よりなるフイルムを用いてグラフト重合を行う方法に関するものであり、右フイルムを浸漬する溶液の組成(乙第三号証、第四号証)や照射方法(乙第五号証)に本願発明と違いがあるからといつて、当業者にとつて、右グラフト重合に際し、本件出願当時の技術水準が示しているところに従つて反応温度及びグラフト率を右のように設定してみることに格別の技術的意義があるとはいえない(前審決取消判決は、乙第三号証を第一引用例とし、これに「合成樹脂よりなるフイルムに電子線を照射し、後該照射フイルムをアクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸からなる温度三〇~五〇度cの範囲のモノマー溶液に浸漬して、グラフト率が三〇~九〇%の範囲でグラフト重合を行うこと」が記載され、この点で本願発明と一致するとした審決の認定を誤りとしたものであることは、当裁判所に顕著な事実であり、乙第三号証について前記技術事項を認定することは右判決の認定と齟齬するものではない。)。

したがつて、本願発明と引用例記載の発明との相違点<1>及び<2>について、反応温度及びグラフト率を前記の範囲に設定してグラフト重合を行うことは、その設計に当つて当然考慮する設計的事項というべきであるとした本件審決の認定、判断に誤りはない。

5 以上のとおりであつて、本件審決には、本願発明と引用例記載の発明とを対比判断するに当つて、原告ら主張の一致点の認定の誤り、相違点の看過、相違点の判断の誤りは存しないから、本件審決を取り消すことはできない。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取り消しを求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編注1〕本件の特許庁における手続の経緯は左のとおりである。

原告らは、昭和五一年一二月二九日、名称を「電池用セパレータの製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和五一年特許出願第一五九八一五号)をしたところ、昭和五八年五月四日拒絶査定を受けたので、同年七月五日審判を請求し、昭和五八年審判第一四三九九号事件として審理され、昭和六一年五月一二日出願公告(昭和六一年特許出願公告第一八三〇七号)されたが、特許異議の申立てがあり、昭和六三年五月二六日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)がなされた。原告らは、昭和六三年七月一二日東京高等裁判所に前審決の取消訴訟(昭和六三年(行ケ)第一四四号事件)を提起し、平成元年六月一五日「前審決を取り消す」旨の判決を受け、右判決は確定した。特許庁は、再度前記審判事件について審理した結果、平成元年八月三一日、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同年一〇月二六日原告らに送達された。

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